絆の紡ぎ直し ~エンゼルケアとうちの子との対話~
エンゼルケアの意義
ご家族と、闘病の時間を共に歩んできた動物病院スタッフにとって、看取りのあとに訪れる静かな時間があります。
それは、ご家族と動物病院スタッフが一緒にうちの子の身体を整え、「うちの子らしさ」を大切にしながら送り出す時間です。
獣医師や愛玩動物看護師は専門的ケアを施して、うちの子の元気だった頃の穏やかな姿へと整えていきます。
ご家族がうちの子に触れ、毛並みを整えたり、やさしく声をかけたりしながら、お花や大好きなおもちゃを添えてあげることで、別れという現実に少しずつ向き合っていく時間にもなります。
突然、目の前から離されるのではなく、うちの子の存在を感じながら別れの時間を静かに過ごすことは、ご家族の悲しみに穏やかに寄り添う時間にもなります。
まだ温かいぬくもりや、眠るようなその姿を見守るなかで、お別れを少しずつ実感していくことになるでしょう。

著者がグリーフカウンセリングの現場で感じるのは、最期のお別れのときに、「触れてあげられた」「撫でてあげられた」「きれいにしてあげられた」「大好きなものを添えてあげられた」といった、ひとつひとつの「してあげられたこと」が、のちにご家族の悲しみを幾分か和らげる支えとなっている場面に出会うことです。
その時間は、悲しみをなくすものではありませんが、「できる限りのことをしてあげられた」という実感として、静かに心に残っていくのかもしれません。
うちの子の心と対話する時間
「看取り」の時間は、獣医療的な処置だけの時間ではありません。それは、ご家族とうちの子が、言葉にはならない思いを心のなかで静かに交わしていく、大切な時間でもあります。
看取りの場では、「うちの子がどのようなことを感じているのだろうか」「私たちに何を伝えようとしているのか」と、思いを巡らせる瞬間が訪れます。
うちの子の本当の気持ちを知ることはできないかもしれません。けれど、そうして感じとろうとすること自体が、うちの子を大切に想う心のあらわれなのかもしれません。
ときには、言葉をかけずに、ただそばに寄り添う時間もあります。それもまた、大切な対話のひとつです。
何もしてあげられないと感じることがあるかもしれません。けれど、そばにいるということそのものが、ご家族とうちの子を優しくつなぐ時間でもあります。
こうした対話は、最期の瞬間に立ち会えなかったとしても、重ねていくことができる時間です。静かに目を閉じ、うちの子に思いを馳せる。すると、さまざまな思いが浮かんでくるかもしれません。
その気持ちを否定せず、ただ感じていくこともまた、ご家族とうちの子をこれからもつないでいく時間となっていきます。
うちの子との関係は、最期の瞬間だけで決まるのではありません。共に積み重ねてきた日々こそが、ご家族とうちの子の絆を結んできたのです。
納得できる看取りのために
「看取り」のかたちにひとつの正解があるわけではありません。むしろ、ご家族がうちの子にしてあげたいと願い、考え続けながら選んだかたちこそが、そのご家族にとっての看取りのかたちではないでしょうか。
なぜなら、うちの子がどんなことを喜び、どのような時間を快適と感じていたのかを、いちばん近くで見守ってきたのが、ご家族だからです。
けれど同時に、「このかたちで良かったのだろうか」という迷いが生まれるのも、ごく自然な流れです。
「もっと何かしてあげられたのではないのか」「別の選択もあったのではないのか」と思い悩むのは、うちの子を大切に想っているからこそ生まれる気持ちでもあります。
看取りのかたちについて、後悔や自分を責める気持ちをまったく抱かないという方のほうが、むしろ少ないのかもしれません。どんなにうちの子のために尽くしていたとしても、「もっと何かしてあげられたのではないのか」という思いが浮かんでくることがあります。
それは、ご家族がうちの子を深く愛し、責任を持って共に生きてきた証なのかもしれません。
納得できる看取りというのは、後悔がまったく残らない選択を探すことではなく、ご家族がうちの子のためを思い、そのときに最善だと感じた選択を重ねていくことなのかもしれません。
不安や迷いを抱えながらうちの子のために向き合ってきた時間が、いつの日か、ご家族の中で「納得できる看取り」へと変わっていくのではないでしょうか。
続いていく絆
多くの方が、うちの子の存在を感じ続けています。看取りの時間が終わった後も、続いていく日常の中でも、心の中でうちの子に語りかける時間が、穏やかに続いていきます。
うちの子の名前を呼び、朝起きたときに「おはよう」と声をかけたり、帰宅したときに「ただいま」と伝えたり、その日の出来事を話しかけたりすることもあるでしょう。
それは特別なことではなく、ともに過ごしてきた時間が、ご家族の心の中で生き続けている姿ともいえるかもしれません。
目の前からいなくなった。その事実に深い悲しみを感じることもあるでしょう。けれど、関係がそこで終わってしまうわけではありません。

ご家族の心の中や、一緒に歩いた散歩道、ふと目にした誰かの眼差しや仕草、誰かから受け取った優しさ、花々や虹、晴れた青空の中に、ふいにあの子の面影を見つける瞬間があります。
それは、あの子との時間を大切に生きてきたご家族だからこそ、ふとした瞬間にその存在を感じ取ることができるのかもしれません。
人は大切な存在との関係を、そうやって自分なりに、形を変えながら再び紡ぎ、人生を続けていくのかもしれません。
虹の橋を渡るときも渡ってからも
看取りの時間が終わった後も、ご家族とうちの子との関係は、形を変えながら続いていきます。
看取りの後には、お葬式や火葬、埋葬、供養といったお見送りの時間が訪れます。それは、信頼できる人たちと悲しみを分かち合える時間。うちの子のためにしてあげられること。気持ちの区切りや整理をつける時間でもあります。
これらの時間は、うちの子を失った悲しみを和らげるサポートにもなりえます。
うちの子とのお別れにはさまざまなかたちがあります。どのように送り出すのか、どのようにうちの子を想い続けていくのか。
ご家族それぞれが、自分たちの希望にそったかたちを選んでいくことになります。
荼毘に付すときに寄り添うこと、ご遺骨の骨上げを通して別れを実感すること、霊園や樹木葬など供養の方法を考えること、あるいは写真や思い出の品を通して日常の中にその子の存在を感じ続けることもあるでしょう。

こうしたひとつひとつの時間は、悲しみに向き合うだけではなく、うちの子との関係を新しいかたちへと紡ぎなおしていく過程でもあります。
この後の記事で、看取りの後に訪れる時間やお別れのかたちについて、もう少し具体的にご紹介していきます。




